BGT2020 音楽が光、全盲になった14歳少女の「My Salvation」感動で包む


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今年もイギリスを熱くさせている才能オーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』(原題:Britain’s Got Talent)。そのシーズン14第6週(現地時間5月16日放送)、北ロンドンからやってきた女子生徒セリーン・ジャハーンギールSirine Jahangir、現在15歳)の美しくエモーショナルなピアノ弾き語りに、審査員から劇場3階席まで総立ちのスタンディングオベーションが送られ、イギリスを感動で包んだ。

司会のアンソニー・マクパートリン(Anthony McPartlin)に案内され緊張の面持ちでステージに登場した全盲の少女は、「どうしよ」、「セリーンです。14歳です。ロンドンから来ました」とシャイな笑顔。審査員デヴィッド・ウォリアムス(David Walliams)は「今日ここに来ることは学校の友達に話したかい?」セリーンは「いいえ知りません」、「おじいちゃんと二人のおば、いとこと弟、そして両親が今日ここに来ています」。父親は舞台袖に、母親と弟が一緒に観客席から見守る。デヴィッドから「君のことで何か伝えたいことはあるかな?」と言われ、セリーンは「ご存知のように私は目が見えません。視力があった時もありましたが、今では視力を失い見ることができません。でも音楽が私の視覚になっています(Music is my vision)。それを頼りに生きています。音楽が私の楽しみです」。

この日セリーンはガブリエル・アプリン(Gabrielle Aplin)のバラード「My Salvation」をカバーし、救いを劇場に響かせた。(バース1)「あなたは雪崩のよう/別世界/夢を見ているよう/起きているのに」、「光のいたずらで/私をもう一度現実に戻す/そのワイルドな瞳/幻覚的なシルエット」(コーラス)「あなたに夢中になるなんて思ってなかった、でも/埋もれて/一面真っ白な世界」、「私の救い/私の救い/Oh, oh, oh」、「私の救い/私の救い/Oh, oh, oh/私の救い」

共に歩んできた家族、ステージで歌う姉の姿に弟は涙をこぼした。歌い終え我に返るセリーンは笑顔を浮かべ、劇場は鳴り止まぬ拍手喝采で溢れかえった。デヴィッド・ウォリアムスは「見事だった、セリーン。君が目にしなかったのはパラディウム劇場総立ちの拍手喝采。君の演奏を愛したからだ」。アリーシャ・ディクソン(Alesha Dixon)は「なんて愛らしい子なの。心がとけちゃうわ。とても緊張しているけど全然大丈夫よ、大舞台ですもの。あなたの歌は美しかったわ」。アマンダ・ホールデン(Amanda Holden)は「あなたのオーディション、全てを通してとても胸に刺さったわ。本当に美しかった。あなたから光が溢れ出ているわ。本当に素晴らしかったわ」。そしてサイモン・コーウェル(Simon Cowell)が「緊張していたのは、君が受けてきた非難をまた受けるのでないかと思ったからかい?」と聞くと、セリーンは「学校でしか演奏したことがありませんでした。これは私にとって真新しい世界でこうして歌うことができ、本当に大切な機会です。一瞬一瞬を噛み締めています」。サイモンは「素晴らしい、私が一番最初に送るべきだな、”YES”だ」、そして他の審査員もサイモンに続き、セリーンはライブ・ショーとなる準決勝進出。劇場は再び歓声で溢れた。

BGT放送後、彼女の演奏は国境を越えて反響を呼び、彼女のルーツでもあるパキスタンのメディアでもそのニュースが報じられた。多くの人々から応援のメッセージが寄せられ、ガブリエル・アプリン本人からもメッセージが届いたという。セリーンは「ガブリエル・アプリンがメッセージをくれるなんて信じられなかったわ。とても美しく歌ってくれてありがとうって。本当に光栄です、彼女の歌をしっかりと歌えていたらと願っています」(Metro)。

2005年ロンドン生まれ。セリーンの視力の異変に両親が気づいたのは、彼女が5歳の頃。子どもたちのパーティーでセリーンが海賊のコスチュームを着て眼帯をつけたところ、左目が見えていなかったという。医師の診断で左目の視力を完全に失っていることがわかり、その後右目の視力が徐々に悪化。治療法を探すため世界中をまわり、インドで6週間の治療にあたるなどあらゆる治療を試み手術を行ったが功を奏せず、10歳の頃、セリーンは右目の視力を失い両目の視力を完全に失った。「自分が全盲になるなんて思いもしなかったです」(Metro)とセリーン。右目の悪化を食い止めるため病院を駆け回っていた頃、その合間を縫って両親は娘が視力を失う前に、できる限り多く世界の美しさを見せたいと娘を世界中の美しい場所に連れて行った。セリーンはそんな家族の笑顔を胸に焼き付けた。

父親は「突然娘が私にiPadを手渡し、もうこれで遊びたくないと言うんだ。その時知った瞬間だった、娘が完全に見えなくなったのだと。私は別の部屋に行き涙を流した」(Mirror)。小さい頃セリーンは体を動かすことが好きで、スポーツやダンスが大好きだったという。父親は振り返り、「ある日のこと、私たちが車に乗っているとき。娘がもう外の景色が見えないくらい視力がなくなっている頃だった。私はどうしたらよいかわからず、音楽を大音量でかけたんだ。そしたら娘は歌い出し、とても幸せそうだった。それからというもの、音楽をかける度に娘は幸せを見出した。音楽に自由を見つけたんだ。音楽を聴き始めると、まるで娘は目が見えているようだった」(Evening Standard)。「娘が完全に視力を失った時、私たちは治療法を見つけ視力を取り戻すことより、新しい人生に適応することを考えた」、「そうして彼女は情熱を見つけた、それが音楽だった」。

セリーンは「私が視力を完全に失ったとき、新しい贈り物をもらったんだって、そう思いたいと思いました。ダンスが好きでしたが、目が見えなくなってからは歌ったり、ピアノを弾くことにより多くの時間を費やしました」。「BGTのステージでは緊張で震えていましたが、視覚障害のある人たちに決して夢を諦める必要はないんだって伝えることができていたらと願っています」。感謝の気持ちを持って”常に幸せに”、そして”ネバーギブアップ”。それは父親、祖父からのアドバイスだという(Geo News)。それは2018年10月、セリーンがイタリアの世界的テノール歌手アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)に会った時、彼からもらったアドバイスでもあった。セリーンは当時を振り返り「アンドレアと私はすぐに通じ合いました、私たちは盲目で同じような困難に直面しておりすぐに理解し合えました。彼は私にこうアドバイスをくれたのです、”決して諦めるな。決して歌うことをやめちゃいけない”って」。

視力を失う苦悩と葛藤に、「私の両親、そして弟がそれを乗り越える大きな力になりました」とセリーン。そして同時に音楽が乗り越える力になったという。「ものすごくつらい時期がありました、そうした時私は自分の経験を歌にしたものでした。曲作りはそれを乗り越える本当に大きな力となりました。セラピーのようなものでした。自分の感情を言うというよりは、自分の感情を整理するという意味で」。「私にとって音楽は現実逃避でなく、全ての困難を乗り越える力です。若くして視力を失うことは大変なことです。ですが4,5年ほど歌い続けてきて、今は悲しく思っていません。それが全てを物語っています、音楽が私を救ってくれたのです」。そんな彼女は今、同じように目が見えない子に音楽を教えているという。

音楽で光を取り戻したセリーン、家族に支えられながら力強く夢を追う彼女は「BGTという大舞台で盲目であることのポジティブなメッセージを伝えることができていたらと願っています」、「人生において不利な立場にいる人々が直面している困難に光をあて、そうした人々の力になれたらと思います」。

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