切なくて温かい北欧スミス&テル最新作『Soulprints』、泣いて、笑って、恋をして


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心の傷ごと愛する人生の祝福ソング

寂静の白夜が照らすスカンジナビアの牧歌的な情景に流れるアコースティックギター。そのオーガニックなフォーク・サウンドに加え、パーカッション、コーラスのアンサンブル、エレクトロニックなサウンドがレイヤーを重ね生まれるシネマティックなフォーク・ポップ。

レモンの木々、私は何時間でもそこに座っていることができた/花々が語りかけ、雨は夏のよう/黄金色の野原、それは私たちの王国の砦のよう」、しかし少女が14歳のとき両親が他界。”王国”を跡にその少女が大人になっていくその切なき歌詞は、やがて無上の高揚感とともに、涙と不思議な温もりを残します。

先週(現地時間5月12日)、スウェーデンのフォーク・ポップ・ドゥオ、スミス&テル(Smith & Thell)デビュー・アルバム『Soulprints』がリリース。「私たちを人間にさせる全ての感情のセレブレーション」(SoundCloud)とヴォーカルのマリア・ジェーン・スミス(Maria Jane Smith)が語る同アルバムでは、「何らかの形で哀惜と向き合う曲」の数々を収録し、「怒り、冷淡、悲しみ、感謝、赦し、そして全ての感情の核となる喪失感」(DOPECAUSEWESAID)をそのキャンバスに彩ります。

「アルバムの”母なる曲”」のようと語るデビュー・シングル曲「Statue(The Pills Song)」MV。シュールな映像の中、次第に喜怒哀楽の感情を取り戻していく。「資本主義の真に不都合な事実ね。生き抜くために必要な薬もあるけれども、しかしほとんどの場合、今日では必要以上にキャンディのように売られているわ…、”Statue”は私たちのその答えとなるものだわ」。

「私の両親は私が14歳の時に亡くなったの。私の人生は一転してしまったわ」とAtwood Magazineに明かすマリア。「医者は私が立ち直るために抗うつ薬を処方したわ、でもそれを飲んだ時、私に告げたの、私の感情は何年も麻痺するということを」。「薬をやめ、そこから抜け出し、再び自分の本当の感情を感じることができるようになったわ、そしてそれが”Statue”なの」。

“Statue”
written by Victor Thell & Maria Jane Smith
日本語訳歌詞

(バース1)
私の世界は沈んでいった
私に必要だったのは愛
しかし得たのは医者
自分が制御できない
自分が制御できないわ

(バース2)
彼は私に薬を渡したわ
悲しみを忘れるために
お薬を飲めば良くなるよ、と
そして私はおかしくなっている
自分が制御できないわ

(プリ・コーラス)
彼らは言う、私が1,2,3…になっちゃった
A、B、C…みたいな
でもそれを含めて、私がある
Hey、そのお薬もありますよ

(コーラス)
心の痛みの薬はある
恋に落ちる薬もある
さあ写真を撮って
私は彫像でもあるかもね
観光客の見せ物
そこに突っ立って私は笑顔でいるわ
まるで白紙のように
浮き沈みもないだろう

(バース3)
そうね、私は薬漬け
あなたが始めたのよ
でも今私は冷たくなっている
冷たい石の心
そして自分が制御できない
自分が制御できないわ

(プリ・コーラス)
彼らは言う、私が1,2,3…になっちゃった
A、B、C…みたいな
でもそれを含めて、私がある
Hey、そのお薬もありますよ

(コーラス)
心の痛みの薬はある
恋に落ちる薬もある
さあ写真を撮って
私は彫像でもあるかもね
観光客の見せ物
そこに突っ立って私は笑顔でいるわ
まるで白紙のように
浮き沈みもないだろう

(ブリッジ)
そして今私はここに
その石を剥ぎ取っていく
そう、一枚一枚
それが剥がれ落ちていく
私はひざまずき
地面にキスを
もしこれが本当の感覚なら
そうね、私はその苦しみを愛している
そうね、私はその苦しみを愛している
そうね、私はその苦しみを愛している
そうね、私はその苦しみを愛している
そうね、私はその苦しみを愛している

(アウトロ)
心の痛みの薬はある
恋に落ちる薬もある
でももう私はそれはいらない
絶対イヤ、彫像になんてならない
もし写真を撮りたいなら
そこに立って微笑むわ
だってそうしたいんだから
浮き沈みとともに生きていくわ

私は安らかに嘆き悲しむ必要があったんだわ、静かに、自然な感情の数々を感じながら、薬で隠すのではなくてね」。心の病を患っていたマリアの母親は、抗うつ薬と抗不安薬を医者から長年処方され服用していたと明かします。「それがなければ、ダメだったんだってわかってる。(でも)医者がそんな簡単に人々の喉にそうしたものを押し込まなかったら、私の人生はずっと変わっていたと思う」。

フォーク×Max Martin

シニカルに矛盾を描く一方、巧みなテンポの変化が喜怒哀楽を抑揚させ、ザ・ルミニアーズ(The Lumineers)の「Ho Hey」を彷彿とさせるコーラスのレイヤー、タンバリンの重奏がある種の多幸感を生み出す「Statue」。2015年にリリースされたこのデビュー・シングル曲「Statue」は、2015年開催スウェーデンのポップ音楽賞『Denniz Pop Awards』の「新星アーティスト/バンド」部門で見事その栄冠を手にします。

スウェーデンのヒットメーカー、マックス・マーティン(Max Martin)が審査員を務める同アワードでは、過去にアヴィーチー(Avicii)、トーヴ・ロー(Tove Lo)が受賞を果たし、やがてその名は世界へ。

ゴットランド島と小さなモンスター

August Segerholmがメガホンを取る「Row」MVについて、マリアは「この曲に感じる壮大な感情を表現すべく、雄大な情景にしたかったの。だからストックホルムから船で3時間ほど遠く離れたゴットランド島で撮影することにした。ゴットランド島の美しい景色に加えた小さなモンスターたちのアニメーション、それは恐怖の別の面にある人生の最も美しいものを象徴したものだわ」とTrend Settersに語る。

昨年10月リリースされた同アルバム2ndシングル曲「Row」では、自らの内にある恐怖と対峙し、困難に屈することなく「舟をこぎ続ける」エンパワー・ソングとなり力強く歌い上げます。「私たちは舟を漕いでいくことが、何か困難に直面し感じるものへの素晴らしいメタファーだと感じたの」。「孤独、苦難、恐怖…、そうしたものと共に、新しい地へと挑んでいくの」。

ストックホルムの冬

「February」のミュージック・ビデオでは、70年代を背景にストックホルムの2月のような人生を映し出す。

また今年1月リリースの同アルバム3rdシングル曲「February」では、「愛する人よりもリモコンを触っている」現実をニヒリスティックに描くなか、「地下鉄ではうつろな目の人々がお互いに向かって歩き、足を踏み合う」(記事)ストックホルムの冷たく重い灰色の長い2月を、人生と重ねて描くダークな楽曲に。

エデンの園

とてもパーソナルな曲で、今も聞く度に心が痛むの」とTEAL誌に語る「Garden Of Eden」(エデンの園)では、レネ・マーリン(Lene Marlin)の北欧の透明感溢れるクリスタル・サウンドを彷彿とさせる中、スウェディッシュ・ポップにのせ、兄姉と過ごしたマリアの幼少時代の記憶を鮮明に映し出します。

“Garden Of Eden”
written by Smith & Thell
日本語訳歌詞

(バース1)
レモンの木々、私は何時間でもそこに座っていることができた
花々が語りかけ、雨は夏のよう
黄金色の野原、それは私たちの王国の砦のようだった
そして全ての枝木は叡智の新しい城壁に

私たちは危険のない、私たちの天国、その安らぎの中にいた
そして小さな足がその庭を駆け回る
しかしそれから学ぶことになる、悲しみを
そして全ては過ぎ去っていった、まるでエデンの園であったように

(コーラス)
そして時は過ぎ、
小さな足は葬列をなして教会へ
子供たちは母親の愛を与えられてきたのか不思議に思われた
しかしまたきっと会えるよと声をかけられる
エデンの園で

(バース2)
枕カバーには、たくさんの涙が模様を作った
夜になり昼になり、あの城壁は粉々に
今は別の誰かが私たちの庭を駆け回っていた
しかし学校では笑っていた、それは私たちの魔法の鎧

(コーラス)
そして時は過ぎ、
小さな足は葬列をなして教会へ
子供たちは母親の愛を与えられてきたのか不思議に思われた
しかしまたきっと会えるよと声をかけられる
エデンの園で

(ブリッジ)
そしてこんな話を聞く、そう、説教で
天使たちが身を休める地のこと
そこで彼女が私たちを見守り、誇らしく思っているということを
私たちは一生懸命生きていかなければならない
だから私は自分の部屋の鍵を締めて、歌った
ギターを弾いた、指から血が出るまで
いつか私たちの家を買い戻そう
そして私にはいなかった、その母親とともに

(コーラス)
そして時は過ぎ、
小さな足は葬列をなして教会へ
子供たちは母親の愛を与えられてきたのか不思議に思われた
しかしまたきっと会えるよと声をかけられる
エデンの園で

心の病と闘い続けていたマリアの母親。幼少時代走りまわった庭と天国のエデンの園が重なる中、歌うことでその温もりを感じようとした少女の切なき夢が綴られます。

Don’t Stop Believin’

賛美歌の如く天上へ流れる「Cabin Out in Nowhere」では、「NYにいたとき、ケンタッキーフライドチキンを鳥が食べていたの。シンプルにオワってる明白な事実に加えて、鳥たちも広告により洗脳され、私たちの今日の過剰消費社会の一部かもしれないって、そう思わせたわ」、「どこか静かな小屋にしばらく消えたいという気持ちにさせたわ」とAtwood Magazineで振り返ります。

そのストーリー・テリングの歌詞では「彼女はただ空を見上げる時間が欲しかった/天国が涙する時、顔に滴る雨を感じるために/しかし彼女の友達は心配し始める/彼女が寂しいのではないかと/しかし彼女は孤独が決して悪いこととは思っていなかった」、そしてどことも知れぬ小屋と孤独の彼女が交錯する中、この世界よりも大きな何かを夢見て、街を出ることを心に、戻ってくることのない切符を買う姿を描きます。

乾杯

「さあ、苦しかった全ての日々に乾杯しよう/辛かった全ての夜に乾杯を/私たちを傷つけた全てのクソ野郎に乾杯を/手に負えない全ての感情に乾杯を/私たちの全ての悪に乾杯を/だってそこから旅立っていく日がくるのだから/だから乾杯したほうがいいわ」、乾杯することで”bad times”な過去にサヨナラする「Toast」ミュージック・ビデオが現地時間7月14日公開。「February」MVも途中登場し、スミス&テルらしい笑いを誘う(追記)。

そうした寂寥感漂う楽曲とは対照的に、「最高の乾杯ソングね!」と語る「Toast」では、「前に進むために、最も許し難いことさえも許す」アップビートな祝福ソングに。

11歳の頃、スウェーデン南部ヘルシンボリの故郷で出会ったマリア・ジェーン・スミスとヴィクター・テル(Victor Thell)のスミス&テル。やがて音楽でも私生活でも「お互いを欠かすことのできない存在(inseparable)」になった二人のアルバムには、珠玉のバラードの数々も収録。

月光と魔法

「愛のハネムーンの時期」を描く「Hey Hey Oh Bae」では、その浮遊感とともに心弾ませるラブ・ソングでその高鳴る鼓動を刻みます。またバラード曲「Under the Moon」では、アルバムタイトル「soleprints」を唯一その歌詞で用いながら、「心に傷を抱えた二人が、月光の下、魔法のごとく出会う」ロマンチックなバラード曲に。

ジョシュア・ツリー国立公園に訪れた際に感じた「自然の壮大さとパワフルな情感、そのとてつもない大きさと静けさ」を込めたという「Somebody Like You」では、山々を「たとえどんなことがあっても、どっしりと静かに力強く存在する」愛のメタファーに、揺るがなき雄大な愛を響かせます。

そして駆け引きなき愛に身を委ねる「Feathers & Gasoline」。「表面的に混じり合うことはないと思えても、愛に任せることで、ある意味で羽根とガソリンも最後にはうまくいくの。この曲を聞くと、冒険心に駆られ、愛し愛されている時、どんなに世界が美しいものか教えてくれるわ」。

サイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)から影響を受けたハーモニー、ビョーク(björk)から影響を受けた実験的音楽、そしてアラニス・モリセット(Alanis Morissette)に影響を受けたライティング。そうしたマリアの音楽性が、マックス・マーティンのポップ音楽、ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)の正直さ、ボン・イヴェール(Bon Iver)、マムフォード・アンド・サンズ(Mumford and Sons)、シガー・ロス(Sigur Ros)のもつシネマティックな世界観と融合し、音楽ジャンルという暗黙のルールを越えて、独創性に富んだ楽曲を生み出していきます。

歌詞を最も大切にし、「幼少期の経験、その純真な喜びをはじめ、大人になること、現実に直面する日々の問題」という主題をそのサウンドともに楽曲に込めるデビュー・アルバム『Soulprints』。「テーマはダークのようだけど、そのメッセージが共鳴を呼び、力湧くものになったら嬉しいわ」、2年半の歳月をかけその”魂”が込められたアルバムには、エデンの園に響かせるように、受け入れ難きを祝福し、悲しみをも愛する人生の賛美歌が流れます。

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