オリコン第1位の原点 新星ミモザ、圧倒的歌声で奮い立たすガールズ・アンセム「Big Girls Cry」


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リタ・オラ、ビービー・レクサ、デュア・リパらに続いて、アルバニアン歌姫のデビュー

「荷物をバッグに詰め込んで、電車に飛び乗ったわ、私の全ての過去を捨てて」、当時19歳、音楽の道へ進むため高校を中退。涙を拭った家族、友だちとの別れから5ヶ月後、ソングライターとして自身初の楽曲となったのが、山Pこと山下智久「One in a million」。遥か遠い日本で1日で70,000セールスを記録し、オリコンチャートで第1位を獲得。「今朝、日本で1位になったって知ったの!」、「いつか日本に行ってみたいな、東京観てまわったり」、「たっくさん食べて、伝統的な着物も来てみたいな!」

ソングライターとして舞台裏で世界にチャートトップ曲を送り続けるなか、現在アメリカ・ロサンゼルスを拠点に活動するシンガー・ソングライター、Mimoza(マモザ、本名Mimoza Blinsson、以下「ミモザ」)。そのデビュー・シングル曲「Big Girls Cry」ダウンロード版)のミュージック・ビデオが先月公開されました。自身の「ヒーロー」ビヨンセ(Beyoncé)、そしてマライア・キャリー(Mariah Carey)、ホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)、アデル(Adele)ら歌姫に強い影響を受けながらも、芯の通ったエネルギッシュな歌声で、荒野に揺るぎないガールズ・パワーを躍動させます。

あなたが私にしたこと/なかったことにしようとしても/そんなことできない/嘘という真実が/私の頬を伝う」、「傷ついてないって/そんなふりはしない」、「真夜中が訪れ/愛乾き/空から星々が降り/胸が痛くなり/ダメな男たちが嘘をつく時は」、「オトナ女子だって/涙をながすわ」。そのアグレッシブな歌詞に繊細さを垣間見せる一方、アップビートなサウンドが鼓動する黄昏色の荒野には、ミモザ色のトップスに、闘志かき立てる力強い歌声。

過去と決別するように強い眼差しでラベンダー揺らす美しい歌声を大地になびかせると、「私は大丈夫/涙を拭い/涙を拭い去るわ」。ガールズ・パワーが結集し、大空に拳を突き上げ歓喜に包まれるなか、女性たちは一つになり、強烈な夕陽を真っ直ぐと見つめ、訪れる宵闇にも希望と自信に満ちた瞳を輝かせます。

涙を強さに変える力強いアンセムについてミモザは、「最初は自分自身のセラピーとして書いたの」、「繊細で感情的なことは弱さなんかじゃなくって美しい強さだと思うわ」、「力強さと繊細さは同時にあるものだって、そう心に書きとめるために書いた曲なの」、「それは女性らしさだわ」(Polskie Radio Rzeszów)。「この曲を通じて女性のみんなが、自分がどれほど素晴らしい存在であるかを思い出してくれたら嬉しいわ」、「“Big Girls Cry”は全ての女性のアンセム」、「あなたの感情が弱さだなんて、誰にも言わせちゃダメよ。力強く、そしてセンシティブに。あなたのままでいてね」。

Mimoza

コソボに生まれ、幼少時代をスウェーデンで過ごし、ドイツで送った10代。異なる国、異なる文化、異なる言語。(おかげで現在はアルバニア語、スウェーデン語、ドイツ語、英語の4ヶ国語を自在に操るものの)ドイツに引っ越した時、言葉も話せずいつも一人だったという少女は「12歳の頃から曲を書き始めたの」、「部屋に引きこもって曲を書いて歌っていたわ。何日もね。家族をクレイジーなくらい心配させちゃったのは確かね(笑)!

6歳の時芽生えた夢は決して揺るぐことなく、2010年2月、高校を中退し、最も辛かったという家族、友だちと別れを告げ、アルフレッド・トゥーイ (Alfred Tuohey)のチームとともにドイツで音楽を制作。学校の先生から呼ばれていたあだ名は「サンシャイン」。花の名前に由来するミモザは、その朗らかな笑顔とエネルギッシュな性格で、まわりの人を明るく輝かせたといいます。

2010年7月にリリースされ、オリコンチャート、ビルボード・ジャパン「Hot 100」第1位を獲得した山下智久「One in a million」(ワンインアミリオン)について、「私が英語で歌ったデモ版を私たちは日本にいる彼らに送ったの。彼らは私の歌声をとっても気に入ってくれて、日本語でも歌ってほしいって」、「そうよ、私も驚きだったわ」。「最善を尽くして(日本語で)歌い、日本の方々が公式のシングルに私のヴォーカルを起用してくれたの」、「本当に感謝の気持ちでいっぱいだわ」、リリース1周年を記念しブログで当時を振り返ります。「彼らは私にCDを日本から送ってくれたの」、「いつか日本で山下さんと一緒に”One in a million”を歌えたらなぁ」、「考えただけで鳥肌が立っちゃう 🙂

その後音楽活動の拠点をアメリカ、ロサンゼルスに移し、27歳となったミモザ。ビヨンセ4thアルバム『4』の音楽プロデューサーShea Taylor、レディ・ガガ(Lady Gaga)のデビュー・アルバム『The Fame』のグラミー賞受賞音楽プロデューサーRedOneらと楽曲制作、そして数々のアーティストとのコラボレーションのなかで、ソロ・シンガーとしては遅咲きとなった新星。8年の歳月のなか苦難と挫折の涙を笑顔と歓びの涙に変えて、どんな時も笑顔を咲かせるアルバニアン・シンガー・ソングライターがいつも口にしているのは、母親への感謝。「ママは私のロールモデルだわ。人生のことをたっくさん教えてくれた。たとえどんなに離れていても、それはずっと変わらないわ」、「懸命に励むこと、そして力強さを教えてくれてありがとう」。

小さなファン

今から約6年前、当時21歳、親戚に会いにスイスに訪れた際に駆け寄ってきたという9歳の少女。それはいとこの友だちの一人、大きなブラウンの目を輝かせて、小さな手にペンを握っていたといいます。驚いたミモザは「私は有名人なんかじゃないわ」、すると少女は「私には有名な歌手よ。あなたの歌が大好き、私の腕にサインして?」英語を話せない少女、しかしミモザの英語の歌を歌ってくれたといいます。「どこか違う国の、誰かの心の中で、私は響かせていたの」、「本当に感動してしまったわ」、「これはきっと何かのしるし。絶対に諦めないわ」。

25歳の誕生日の時は「私はとっても単純な女子、お寿司と映画があれば人生で一番幸せなんだ」。イタリアでは国際女性デーの3月8日は「ミモザの日」。感謝の気持ちを込めて、幸せと愛を運ぶと言われるミモザの花を女性に贈ります。「私のゴールは人々の心に触れること、そして笑顔にすることだわ。それができた時、私の役目を果たすように感じる。そういう瞬間があったの、そしてそういう瞬間のために生きるわ」、「なぜならその瞬間、私は魔法に近づいた気持ちになるの」、「そしてそのたった一瞬が、私の中では1000の人生に等しく感じる」、そう日記に綴るのは22歳のミモザ。

そして2015年2月15日、24歳。「今、空港でフライトを待っているわ。荷物詰め込んで、夢を叶えるため、ロサンゼルスへ片道だけのチケットを手にして」、「クレイジーって思うかもしれない」、「幸運を祈ってて!地球の反対側から声を届けるからね」。「大きな愛を、あなたのミモザより」。

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